ハイレゾは本当に良いのか?
- jeremmiemoonchild
- 2017年6月20日
- 読了時間: 6分
さて、数年前よりオーディオ業界では、ハイレゾなる音源が話題となっています。実は私はかなり大量に買った方だと思います。ジャズとクラシックで、1TBのディスクの半分以上はあると思いますので。
その経験をもとに、そもそもハイレゾは意味あるのか?という疑問について、まとめたいと思います。ハイレゾとは何ぞや?というのは、他のサイトにお任せします。
1.機器が良くなくては意味がない。
オーディオにはカネがかかるのだ~、とアホな自慢したいわけではありません。お金をかけてもいません。
しかし、残念ながらCDフォーマット(44.1kHz 16bit)を良い状態で鳴らせないシステムで、音源だけを情報量の多いものに取り替えても良くはなりません。何かを汚してしまうプロセスの上流に純粋な材料を入れても意味がないのと同じです。
嫌な分類ですが、わかりやすく価格帯で説明します。アンプなり、プレーヤなり1台あたりの価格です。
① 3万円まで、 初級機
② 6万円まで、 中級機
③ 10万円まで、 上級機
④ 100万円まで、高級機
⑤ それ以上、 ハイエンド
イメージとしてですが、①や②を特に何も工夫もせずにポン置きセットし、ハイレゾを鳴らしたとしても、「ふーむ、良いような、悪いような、お金を出したのだから、良いに決まっているような・・・。」という世界に陥るでしょう。
もちろん、価格がすべてではありません。価格帯を逸脱した優秀な製品もありますし、さまざま工夫次第で良くなるのがオーディオですから。
また、モバイル環境でハイレゾを楽しむのは至難の業だと思っています。
実は、ハイレゾが音質をかえって劣化することも考えられます。データ量が多い分、プロセッサに負担がかかると劣化します。ハイレゾは「アナログっぽい、滑らかな音。」などと評されているケースは、この可能性があります。どういうわけか、オーディオ評論家もこの表現をよく使います・・・。
オーディオの目標は原音忠実です。生の演奏を聴いてみると、バイオリンにしても、ピアノにしても、フルートにしても、けっして滑らかな音などではありません。楽譜に書いてある音符以外の雑味がたくさんあり、それも含めて音楽です。むしろ、演奏家の意図した、それらの「ざらつき」までもが迫力を持って再生されてこそ、ハイレゾの意味があります。
再度書きます、「単なる滑らかな音は劣化した音」です。
2.マスタリングが異なる。
単純に、CD音源とハイレゾ音源を聴き比べ、違いがわかったとしても、それがフォーマットによる違いかどうかは、気を付けなくてはなりません。
通常、レーベル側は、CDにはCDで最適な、ハイレゾにはハイレゾに最適なマスタリングをしています。ですので、聴き分けたのはマスタリングの違いかもしれません。
じゃあ、どうすればよいのかというと、ハイレゾをわざわざダウンコンバートし、CD規格(44.1/16)にまで落として聴き比べるということになります。上記よりも、極めて難しいことに気が付くでしょう。でも、これでわかれば、ハイレゾの良さが理解できたことになり、大きな前進となります。
データ量の多いフォーマットほど、データ量が多いと感じ取れるようになります。不思議なことに、可聴域外の「何か」を感じ取れるようになります。
胡散臭いなあと思われてしまいますね・・・。
3.作品による。
フォーマット以前に、録音・編集の段階でハイレゾ成分が消えている可能性があります。
たとえば、80年代でしょうか、デジタル編集機などの黎明期には、今のCD規格(44.1/16)による編集があったようです。編集の途中で一度でもこのような機器を通してしまった音源は、その後いくらアップコンバートしても失われた情報は戻りません。
もっと言えば、CD音源をアップコンバートしただけで、ハイレゾとして販売されているかもしれません。それなら、自分でも作れますし、アップコンバートにより音が良くなるということも確かにありますが、録音時の情報が増えるわけではありません。(Victor K2 のように、あえてハイレゾ成分を人工的に付加する試みには、ここでは言及しません。)
単純に2万ヘルツ以上の情報が入っているかどうかなどは、HDtracks などは調べてはいるようです。
ハイレゾ・サイトの良い点は、良い作品を取り上げるということがあります。良い作品は良い音で聴きたいですし、良い音で提供したい演奏は良い演奏だからです。特に後者の理由で優秀な若手の演奏などがハイレゾ化されています。
基本的に録音・編集技術は年代とともに進歩しています。新しい年代の録音にハイレゾらしさがあると思って良いでしょう。もちろん、デジタル処理されていないアナログのみの時代の名演のハイレゾが好きという方もいます。
編集も含めてアートなので、作品によるのは当たり前なのかもしれません。
4.DSDは?
SACDにメリットを感じない人が多い最大の原因は、そのフォーマットがDSD2.8MHz だからです。このフォーマットは、5.6MHzにアップコンバートして聴かないと、低音や背景音が変です。DSD5.6MHz以上は、直進性に優れ、心に響きやすく音楽性が高いフォーマットだと思います。
5.ハイレゾマークは?
基本的に周波数特性により付けているようですが、なんら、意味がありません。オーディオ機器はCDが発売されるずっと以前より、CDが発売されてからも、可聴域を超えた周波数特性を包含してきました。
DACなどのデジタル機器においては、もちろんハイレゾ・フォーマットの処理が可能ということでは、一応意味があります。

肝心なのは、デジタル信号を理論派系に近い形で再生、伝送することです。時間軸が揺れない、四角い波形が乱れないなどのことが、その後のアナログ変換の品質を左右するからです。
そのために、電磁波対策、電源ノイズ除去、PCオーディオであればOSによる音楽処理以外の介入の除去が重要となります。
5.マニアのものか?
「結局のところ、ハイレゾはオーディオ・マニアのためのものなのですか?」
このような質問が思い浮かびました。考えてみると、残念ながら答えは「イエス」でしかない。音質にあまり興味のない人にハイレゾ商売をしても悪徳商法にしかならないからです。また、まったくもってチープなシステムで良い音を出すのは、不可能です。アンプもスピーカーも、最低限必要なコストがかかります。
オーディオ・マニア以外でも楽しめる、「ハイレゾ・カフェ」のようなものが実現すれば、違うかもしれません。
私としては、オーディオ・マニアという言葉が適切かどうかはわかりませんが、良い音質を楽しめる方が増えることを期待します。
ハイレゾ以前の問題として、特にモバイル機器(イヤフォン)だけで音楽を聴く世代の台頭は残念に思います。スピーカーから流れる音の良さを知っていただきたいです。
もしかしたら、AI・スマート・スピーカーがそのきっかけとなり、新たなスタート・ポイントになるかもしれません。
ジェレミー・ムーンチャイルド
追記、
ハイレゾを堪能できるようになるには訓練が必要だという趣旨のことを書きました。
そんな馬鹿馬鹿しいモノには価値がないと思うかもしれません。
考えてみると、すべてのアートの鑑賞には訓練が必要です。
私は絵画の良さはわかりません。レプリカでも、写真でも良いような気がします。見分け、本物の価値を感じるには、鑑定士のような相当な訓練が必要なのではないでしょうか。
俳句など、さっぱり価値がわかりません。わかる人も最初からそうではないでしょう。
音質については、本来というか普通の人にとって「無意識の領域」を、訓練により意識上で扱えるようにする必要があるということでしょうか。
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