フランスの謎:1日1万人の感染でも死者増えず?
- jeremmiemoonchild
- 2020年9月14日
- 読了時間: 14分
更新日:2020年11月11日
フランスの人口は65百万人ですので、日本の半分程度です。記憶にあると思いますが、武漢の後に起きたイタリアでの感染拡大から、すぐに飛び火を受けた隣国です。第一波で1,000人以上の死者が出た日がありますが、日本で言えば1日で2,000人規模ということで、今現在での日本の累計死者数が1,400人台ですから、それを1日で超える悲惨な状況がありました。
さて、落ち着いていたと思っていたヨーロッパですが、寝耳に水のようにフランスで感染者が急増し、ついに1日で1万人を超えたと報じられました。また、にもかかわらず、死者は一向に増えていないようなのです。慌ててグラフを作成してみました。棒グラフが新規感染者数、オレンジの線グラフが新規死者数(右軸)です。「たしかに、人が死ななくなったんだ。集団免疫達成だね。」とも思える死者の推移です。

ヨーロッパの他の国も、死者数の推移は大なり小なり似た傾向にあり、ヨーロッパ全域でロックダウンをしなかったスウェーデンを筆頭に集団免疫達成なのではないかという向きもあるようです。

でも、冒頭でお伝えしたようにフランスでは感染者数は急速に伸びているのです。他のヨーロッパの国を見ると、ベルギーとスウェーデンを除き、スペイン、フランスが先行してその傾向にあるように思えます。

第二波の感染者数については、PCR検査のやり過ぎであるという意見もあります。「PCRは敏感過ぎて、死んだウィルスの断片やら、なにやらで陽性反応が出るけど、感染しているわけではない」というのです。私はPCRスンナ派というのは日本固有種と思っていましたが、まさにそのような説明をされている海外の動画をある方から紹介されました。このIvorさんは技術系のビジネスマンだったようで、プレゼン能力は秀逸で、もの凄い説得能力があります。
どのような情報も、真面目に紹介していただいた方に感謝します。しかしながら、無批判に受け入れられる内容ではありません。たとえば、PCR検査は日に7,000件もの擬陽性(と言ってよいと思うのだが、)が出るようなものなのでしょうか。それはどのような条件下で起きるのでしょうか。Ivorさんはあたりまえのように冷静に述べていますが、実は非常に多くの仮説を積み重ねています。覚えている限り、列挙します。(このエントリでは、フランスの現状について関わる部分のみ言及します。こちらの動画についてコメントするのがこのエントリの趣旨ではありません。)
・ほとんどどこの国でも、新型コロナの死者数はインフルエンザと同規模。
・第一波の後半でパンデミックは終了。
・第二波に見えるものは感染ではなく、過剰な検査による無意味な”ケースデミック”。
・免疫には様々なものがあり、おおまかに集団免疫が達成された。
・マスクもロックダウンもほとんど効果はない。
・新型コロナは強い冬季型の季節性がある。
・夏季の「安全な感染」を抑制すると、かえって冬季に「危険な感染」が増える。
新型コロナの全体像を理解しようとする姿勢は評価しますが、動画の中で提示された根拠だけで無批判に、「そうなんだ、じゃ、心配する必要もないし、してもしょうがないね」とはなりません。フランスの第一波では16万人が感染し、実際に約3万人が亡くなっています。関連の最初のエントリーで述べてきたように、新型コロナの死者は高齢者が感染した場合の極めて高い致死率で形成されており、インフルエンザの「超薄く、超広く」とはまったく異なるメカニズムです。高齢者は感染しなくなったのか、致死率が下がったのか、治療方法が改善したのか、こうしたことを説明されずに納得はできないわけです。
フランスの年齢層別データを探すことにしました。なかなか見つからなかったのですが、フランスの保健省のサイトにこのようなグラフを見つけました。保健省といっても、英語にするとMinister of Solidarity and Healthということで、「連帯と健康の省」のようです。「連帯」とは、フランス革命を行ったフランス人の精神へのこだわりでしょうか。ちなみに、私はフランス語の基礎的なことはおぼろげながらわかるので助かりました。ふつう、英語版のサイトくらい作るものですが、さすがフランス人、フランス語版しかありません。きっと、「どうしても外国語にしたければブラウザで翻訳できるでしょ、なんで英語だけ特別サービスする必要があるの」くらいに思っているのでしょう。実際、長い文章はそれで日本語にしました。

しかしながら、この横棒グラフはどうも1日の検査の年齢別のようで、あまりに断片的な情報なのでもっと探すと、ありました、ありました、上記リンクの左下でデータがダウンロードできるではありませんか。どういうわけか、第一波と第二波ではデータの提供元が異なるようです。年齢層別の新規感染者数のグラフを作りました。

まず第一に、第一波と第二波で年齢層の区切り方がみごとにすべて違います。これでは繋げようがありません。また、後で気が付いたのですが、第一波はサンプルデータで全数ではないと書いてありました。一番上のグラフを見ると、第一波のピークでは1日の新規感染者数は4,000人を超えていますが、年齢層別データを積み上げてもピークは1,300人程度と3分の1程度に見えます。サンプルデータは3月10日から5月26日で合計の感染者数は39,995人。実際には同期間の感染者数は144,153人ですので、3.60倍です。これら2点のデータ上の違いを越えて、およそ第一波と第二波を通して概観できるよう、第一波の縦横比率をおよそ第二波に合わせてみました。
一見してわかることは、第一波では死に至る高齢者の比率が高いことです。第一波の陽性者全体に占める割合が、75才以上が30%、65才以上ですと39%になります。とくに、第一波でも後半に75才以上の占める割合が多いことに気が付きます。これは感染は活動量の多い若年層、現役層でまず広がり、その後に高齢者に移行することを示していると思われます。
一方、第二波では、下から灰色までの3段が70才以上で、直近で6.4%に過ぎず、第一波の終わりの4月の終わり頃程度しかないように思えます。しかも、死者は平均して2週間後に現れると考えた場合、2週間前の70才以上の感染者数は227人と直近459人の半分でした。
これで、フランスの第二波の死者が今のところ少ない原因の第一として、死に至る高齢者の感染者数がまだ少ないということがわかります。
第一波の死者数を再現してみました。年齢層の区切りが変なので、日本などを参考に適当に入れました。全体の死者数がおよそ合う調整値は7.10で、これはサンプルが3分の1程度という感染者数だけでは説明が付きません。サンプルサイズでの調整が3.60なら、他に1.97倍程度にする要素が必要です。これは、実際にフランスの第一波での年齢層別CFRがそうだったのではないかと考えます。1.97倍とすると75才以上の致死率はなんと49%、65~74才は30%です。これは、およその実態は現わしているでしょう。Our World in Dataの方から、5月末時点での全体の死者数累計が28,771人、感染者数累計が151,496人で、総CFRは19.0%と異常に高い数値となります。最初のグラフを見ても、感染者のピークが1日4,000人強で、死者のピークは1日1,000人ですから、そういうレベルの致死率だったわけです。ちなみに、日本での第一波、6月末での総CFRは5.1%です。フランスでの第一波では急激な感染の増加で混乱の中、もう死にそうな重症者しか感染者として捕捉できなかった状況が浮かび上がります。

問題の第二波です。CFRは日本の年代別のCFRをベースに調整値をかけました。Adj.が1.60で、およそ7月の中旬までは再現できています。表示されている年代別CFRは調整後の値で、よく見る妥当な範囲内です。7月の下旬以降、高齢者の感染者数の増加とは解離した、ゆっくりとした上昇に変わっています。7月下旬の死者数に影響を与えるのは、その2週間前の7月の初旬です。なにがあったのでしょうか?

検査数の増加です。フランスの1日のPCR検査数が4万件を超えたのは7月に入ってからです。その後もぐんぐんと、とくに8月の下旬から検査数を伸ばし、13万件程度で推移しています。検査を増やすということは、症状の軽い人や、感染者との接触度の低い人にも検査対象を広げるということで、結果的に無症・軽症の陽性者を見つけます。その中から死に至る患者が少ないことから、致死率が下がるのです。

これは、上で紹介したIvorさんの主張どおりなのでしょうか?
・第二波に見えるものは感染ではなく、過剰な検査による無意味な”ケースデミック”。
Ivorさんの主張通りであれば、7,000人程度で推移している感染者数の多くが無症状である必要があります。新型コロナの死骸やRNAの断片が偶然PCR検査で見つかるということは、まったく感染していないわけですから無症でなければなりません。「いや、軽症もけっこうあるんだよ」ということであれば、それは感染が拡大しているわけですから、もはや「無意味」ではありません。死に至る高齢者に感染する可能性があるからです。
フランスのデータはありませんが、同様の経緯をたどるイタリアの年代別の症状です。無症陽性者数は高齢者で50%程度です。全数PCR検査のダイアモンド・プリンセス号でも同様でした。Ivorさんなら、今の陽性者の半分以上を占める30代以下では無症状が70%もいて、これこそがゴミだというかもしれません。しかしながら、逆にそれらの3割はまちがいなく有症状で感染しており、隔離する必要があるのではないでしょうか。

陽性率のグラフです。ヨーロッパ方式では日が月の前に書かれますのでわかりにくいですが、検査数の上昇と共に陽性率が上がっています。第二波の感染者数が増え始めていた7月の中旬には1%程度だったことに着目すべきです。無意味に検査だけを一方的に広げれば、仮に一定割合でゴミが含まれたとしても、陽性率は下がるはずです。これはやはり感染が実際に拡大している証拠の一つです。

集中治療室の占有率です。まだまだ低いレベルですが、報道でも伝えられている通り、徐々に上昇しています。

フランスの現状は、8月初旬に日本の第二波の状況を説明しようとした時とまったく同じ状況に思えます。7月下旬以降年代別CFRが合わないのは、検査の拡充により、無症感染者まで捕捉されて分母が2~3倍になり、年代別CFRもそれぞれ半分~3分の1になっているためということです。(治療技術の向上で下がる致死率は2割程度。)
私は、フランスの死者数は高齢者の感染者数に合わせてやはり増加すると考えます。とくに、第一波で見たようにピーク後半に高齢者への感染が進むと死者数は増加します。しかしながら、第一波のように1日で1,000人も亡くなるようになるのかはわかりません。感染者数が現在の1日1万人でピークアウトして減少に転じたとして、現在450人程度の70代以上の感染者数が第二波の後半で3,000人まで膨れ上がったとしても、死者のピークは20%の600人ではなく、その半分以下になります。もし、70代以上のピークが1,000人で済めば、1日100人以下が死者のピークとなり、第一波と比べるとはるかに少なくなります。
フランス政府がロックダウンをすべきかどうか悩んでいるそうですが、同様の試算をしたのでしょう。ですが、1日1万人でピークアウトすると決まったわけではありません。はっきり言えることは、高齢者の致死率が3分の1になることはあったとしても、10分の1、30分の1と下がったわけではないということです。
2020年9月14日
ジェレミー・ムーンチャイルド
2020年9月17日 追記、
フランスの次に書いたスウェーデンのエントリーで、「真の感染者数は死者数の約100倍」という仮説を思い付きました。論拠はそちらをご覧ください。フランスのケースでそれをビジュアル化するために、グラフを作成しました。今後、各国を概観する際に使用できると思います。

灰色が真の新規感染者数です。青の線の捕捉された新規陽性者が第一波でいかに真の感染者よりも少ないかがわかります。直近では、真の感染者よりも多い新規陽性者となっていますが、まだこの仮説の精度の限界か、今後の死者数の増加で補正されます。赤棒グラフは死者数で小さくしか見えませんが、矮小化が目的ではありません。緑の線はPCR検査数で、第一波の数字はありませんが、真の感染者数に満たなかったことがわかります。黄色の線は陽性率で、第二波で上昇中す。
これを見て、第一波の後半で、もうパンデミックは終了というIvorさんの気持ちもわからなくはありません。しかしながら、スウェーデンのエントリーで述べたとおり、あくまで「部分的」集団免疫しか達成できていないというのが、現在の私の見解です。
2020年9月22日 追記、
こちらが最新のフランスの死者数です。6つ上の年齢層別死者予測と比較すると、予測通り上昇しましたが、9月19日時点での死者数は50.9人で、120人を超える予測の4割程度でしかありません。これを、検査の拡充による高齢者の無症状・軽症感染者の捕捉が理由ではないかと上では解説してきました。
しかし、別の理由も浮上してきました。マスクが重症化の予防になるという記事を国立国際医療研究センター 国際感染症センターの感染症医、忽那賢志さんが書いたということを、こちらのエントリーの下に追記しましたが、フランスのケースでも当てはまると思います。

フランスでは、7月21日から屋内公共スペースでのマスク着用が義務化されました。あまりにピッタリと、年齢層別死者予測とずれ始めたタイミングと重なるのですが、マスクの着用が死亡に影響するには2週間以上かかるので、それ以前からマスクの着用が高齢者で進んだと考えます。
さらに、8月28日からパリ全域で屋外でのマスク着用も義務化されました。
マスクの義務化は世界各地で進んでいるようです。これは8月3日時点のアフガニスタン外務省の情報ですが、アフリカ諸国で義務化が早かったことが伺えます。アフリカでの感染が抑えられている一因かもしれません。

ヨーロッパについて不完全ですが公共スペースでのマスク着用の義務化をリスト化してみます。ヨーロッパで広く致死率の改善に貢献すると考えられます。個人的には屋外は義務化までする必要はないと思いますが、マスクの有用性の強いメッセージにはなると思います。
7月21日:フランス(屋内)
7月30日:スペイン・マドリード(屋外も)
8月12日:ベルギー・ブリュッセル(屋外も)
8月27日:ドイツ(屋内)、スイス・チューリッヒ(屋内)
8月28日:フランス(屋外も)
あらためて強調しますが、検査の拡充による高齢者の致死率の改善は、見かけ上分母が増えることによるだけものですが、マスクの着用によるものは、分子である死者数が実際に減るものなので、本質的に明るいニュースです。
2020年10月29日 追記、
「フランスのコロナ死者、1日500人超 再び外出禁止か」というニュースが入りました。Our World in Data を見ると、たしかに10月28日の死者数が523人となっています。ですが、7日平均ですと、まだ237人です。私はフランスの死者は間違いなく増えると予測しましたが、1日当たり100人ていどで済むのではないかと考えていましたし、実際10月の中旬まで100人前で頭打ちしていました。
年代別感染者数から、フランスの死者数の予測を再度行いました。調整値0.50で、およそ実際の死者数を捉えています。致死率も日本などと同程度となります。恐ろしいのは今後の予測部分で、日に400人の死亡者が出ることです。これはもう避けられません。第一波が1,000人越えの山でしたが、第二波もその半分くらいの山となることは間違いありません。

これで、
「第二波に見えるものは無意味な検査のやり過ぎによるケースデミック」
「パンデミックは終了しており、もう死者は出ない」
というようなIvorさんの主張は完全に事実とは異なることがわかりました。「根拠となる構造」を捉えず、たんにグラフの形の類似性だけでものごとを説明しようとする非科学、疑似科学です。
フランスの第二波の例は、ヨーロッパ全体にも同様のことがいえます。春までの期間が長い分、第一波以上の被害が出ることも現実味を帯びてきました。しかも、前回よりもロックダウンに対して抵抗する人たちが多いです。IOCがオリンピックの中止を視野に入れるよう日本に申し入れたそうですが、さもありなんです。早期に抑え込むことができなければ、ヨーロッパはとんでもない冬になりそうです。マクロン大統領は10月30日から外出禁止を含む、再度のロックダウンを発表しました。
2020年10月30日 追記、
医療崩壊すると致死率が上がるのではないか、というコメントをいただきました。実は、エクモや人工呼吸器を経て亡くなる人は少ないのでそうでもないと思っていました。日本の例ですが、エクモ、人工呼吸器合わせて17%だからです。
累計死者数: 約1,746人、うちエクモ装着72人(4.1%)、人工呼吸器装着:224人(12.8%)
https://crisis.ecmonet.jp/

この発想は間違っていました。注目すべきは、エクモや人工呼吸器で生き延びた人、生きている人です。
エクモ: 離脱166人+実施中32人=198人
人工呼吸器: 離脱759人+実施中125人=884人
これらの医療技術が受けられず、合計1,082人がすべて亡くなったと仮定すると、6割ほどの死者の増加が見込まれます。
1,082人÷1,746人=62%
フランスの事例でいうと、上記死亡予測と死者実数を更新していく過程で医療崩壊の有無が確認できるかもしれません。
11月11日 追記、
こちらのグラフをアップデートしました。まず、今のところ、年代別致死率に変化はなく、予測通りに実数の赤線が追いかけています。また、10月30日からのロックダウンの効果だと思いますが、11月14日の540人をピークに頭打ち、減少へと転じています。第一波のピークは1日1,000人でしたが、一旦はこの半分程度で収まりそうです。ですが、まだまだ冬は長いので、第一波を越えないとは断言できません。

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